ロシアタレントとの出会い#23
2回目のオーデションの様子を話ししましょう。
場所は一回目オーデションをした場所と同じところですが人数が多い為、ダンス教室の大きなスタジオを借りました。スターリン時代に建てられた建物なので古いけれど趣のある立派な作り。今回はどんなモデルが来ているのだろうか...不安な気持ちで重々しい扉を開けて中に入った。うす暗い廊下を通っていくとその先に椅子に座っているモデル達らしき集団が見えてきた。どんな顔のモデルなのか良くわからない...本当に暗い...不安で近くに行きモデル達の顔を見回してしまった。何人か美少女の顔が見えた時はホッとした。モデルは60人ぐらい集まっていたのでスタジオに入ってオーデションを始める事にしました。
一回目のオーデションの教訓を生かして、この度は水着姿でカメラの前に立ってもらうことにしました。ストロボをセットし各モデルのアップと全身の写真を撮影し、良いモデルだけ残ってもらい再度写真撮影をし、4人のモデルを決めました。母親同伴のモデルもいて仕事が決まったモデル達は飛び上がって喜んでいたのが印象的でした。モデルが決まったにも関わらず他のモデル達は帰ろうとしないのです。マネージャーに『どうして皆帰らないの?』と尋ねるとモデル達は『仕事をしたい』と言って残っているのだとか...
このオーデションを受ける為にバスと電車を乗り継いで3時間もかけて来たモデルもいました。モスクワ市内と言っても相当な広さです。東京のように交通網が発達していないのでここまで来るのが大変だったとか...。選ばなかったモデル達には本当にすまないと思いました。事前に写真選考してからオーデションで決めたかったのですが、今まであてにならない写真を多く見せられたので...自分の目で確かめるしか無かったのです。
私が選ぶモデルの条件は『若い』『顔がやさしい』『日本人好みの顔の子』特に『写真写りが良いモデル』が重要な決め手になります。この4人のモデル達は『ロシア美女探訪』の写真集に登場しました。
写真集を作る場合、通常は出版社が企画を立ててモデルやスタッフを手配し、カメラマンを決めて撮影に出かけます。取材費はすべて出版社が持ちます。
私の場合はすべて自費で撮影し、撮影した作品を出版社に売り込むという方法をとっていました。外国で生活した経験があったからこそ自分で何もかも出来たのかもしれません。失敗は許されないという緊張感と使命感は常に持って外国で仕事をしていました。何故このような方法を私がとったのか...
出版社を頼らずに自分の作品を自由に作ってみたかった...
作品が写真集になるまで時間がかかるので費用面では大変苦労しました。撮影場所を外国にした為、費用がかかるのは仕方ない事だが....渡航費、滞在費、モデル代、現地スタッフ費用、車や別荘の費用、etc.すべて現金払い...何もかも自分でしなくてはいけない...苦労は今も続いています。苦労の甲斐あってヒット作品や売れ行きの良い写真集が出来た時の喜びは格別です。だから20年も続けてしまったのかもしれない。

